戦後70年の総理談話は抽象的

戦後70年の総理談話が閣議決定されました。一応過不足のない内容になっているとは感じます。内外の議論がさまざまある中で、無難な着地点を探ったという印象です。

「悔悟」という踏み込んだ言葉が使われていたことに、あまり注目している識者がいなかったのが、少々残念です。「お詫び」という言葉が使われたこと、使い方が間接的だったということ、その2点に議論が終始している感じがして、異常だと思います。

戦後70年という歳月が醸し出した問題なのかもしれません。これ以上、謝り続けるのは嫌だという感情の背後には、韓国の執拗な日本バッシングへの反感もあるのかもしれません。世界遺産登録の際に見せた背信的な行動が、日本人の嫌韓感情を一層かきたてたことは否めないでしょう。

一方で、謝り続けるべきという人たちも、キーワードとされている言葉の使い方だけに固執している感じがします。「悔悟」という表現が使われたことにもう少し注目しても良いと考えます。

諸々の不評があるのは、総理談話が抽象的な表現に終始していることが大きな原因ではないでしょうか。玉虫色という感じです。節目に当たる年の談話。はっきりと伝えたいメッセージが国内に重点を置いたものなのか、対外的に重きを置いたものなのかだけでも、もっとはっきりとさせる必要があったのではないかと思います。カードローン審査

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